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【使えるなべ】?材質:鉄?鉄鋳物、耐熱ホーロー、ステンレス、多層鋼なべ?大きさ:直径12~26cmのもの?形状:底の平らなもの、反りが3mm以下のもの、※揚げ物調理のときは反りが1mm以下のもの 電源コード長さ:0.7m(2.0平方ミリメートル、3芯キャブタイヤケーブル)

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結婚するかもしれなかった人の話 ~オルゴールの音色に寄せて~  [音楽的雑談]   [編集]

誰も知らない話ですが、お暇な方はお付き合い下さい。

*        *        *

ゴールデン・ウィーク中に、とある観光地のショッピングモールをブラブラしていたら、趣味のいい
輸入モノの雑貨屋さんがあったので、フラッと入って色々見て回っていた。

その中に、繊細な作りの美しいガラスのオルゴールが飾ってあったので何げなく開いてみると
流れてきたのは、あの有名なイタリア映画の 『禁じられた遊び』 のテーマだった。
その哀しげなメロディは、連休中の明るく賑やかしいモールの空気に全くなじまないものであったが
私はこれを無性に懐かしく聴いた。

というのも、小学4年生くらいの誕生日に母親にねだって買ってもらった白木の正方形のオルゴール
の曲がまさにこの「禁じられた遊び」だったからだ。
それは、白塗りのフタに亜土ちゃんぽいイラストの描かれた(ぽいだけで、明らかに亜土ちゃんでは
なかった^^;)可愛いオルゴールで、大きくなってもしばらく手元にあったけど、家にはまだあるの
かな。わからないが。

それにしても、こういう系統のメロディーのオルゴールというのは、意外にも最近見ることが無い。

オルゴール自体も今はそれほど流行ってもいないが、昨今売り出されているオルゴールの楽曲の
多くはここ10年くらいのJ-POPのヒット曲だったり、または可愛らしいディズニーソングとか、また
は古いアメリカの映画音楽などが多い。そして不思議にそのうちの90%以上が「メジャー(長調)」
曲である。マイナー(短調)曲はほとんどない。
私の遠い記憶では、自分の子供時代によく目にしたオルゴールの楽曲にはマイナーの曲がけっこう
多かった。さだかではないが、メジャーよりもマイナーのほうが明らかに多かったように思う。

これはどういうことなのか?不景気が長く続いて人々の心もブルーなところ、小箱を開けたらもっと
ブルーになるようなメロディが流れてくるのも頂けないという発想からか。
または、マイナーソングは単純に、何かお涙頂戴フィーリングがあって今の軽薄短小な時代の
ムードには合わないのかもしれない。
あるいは、人にプレゼントするのに湿っぽい曲ではプレゼントの意味がないだろうという制作側の
意図とも考えられる。

しかし何にせよ、その雑貨屋の店先に飾られていたオルゴールは、いかにも淋しいマイナーの
「禁じられた遊び」であったのだ。

そして、それを聴いているうちに、やがて私の頭の中をフラッシュバックのように別のオルゴールの
メロディが流れ出した。
同じマイナー曲だったからか、オルゴールの音色からインスパイアされたのかわからないが
それは、日本の古い唱歌である 『月の砂漠』 であった。

『月の砂漠』のオルゴールの音色を、私は遠い昔、ある場所で聴いたのだった。

それは、"ヒトシ君" の部屋の中でのことである。

と言っても、それは昔の彼氏との甘くひそやかな想い出、とかいう話では全くない。
(いかにも私が書きそうなネタ)

死んで身体を浄められ、家に戻った友達のヒトシ君に会いに、小学3年生だった私は友達数人と
彼の家を訪問した。
その時に奥の子供部屋で彼のお姉ちゃんのミツコちゃんが勉強机の椅子に座って脚をブラブラ
させながら、机の上に置かれたオルゴールのフタをごく無表情にゆっくり開けたり閉めたり、黙々と
繰り返していたのを見た。

そのオルゴールの曲が 『月の砂漠』

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だった。
途切れ途切れに奥の部屋から静かに流れてくるあの淋しいメロディを私は本当に昨日のことのよう
に記憶している。

*          *           *

団地の同じ棟に住んでいた仲良しの友達ヒトシ君が死んでもう30年が過ぎた。

今と違って昔はテレビゲームなんかもなくて(かなり後半には出てきてたけど)、子供たちはとにかく
近所の友達同士で徒党を組んで外で真っ黒になって遊んでいた。
私も、4年生になるくらいまではずっと、近隣の棟の男の子7,8人と、あと女の子を1人か2人
交えて、男子と足並みを揃えて日が暮れるまで毎日遊び狂っていた。

私が居たその集団には、あきらかに2人の有力者が居て、1人はターちゃん、もう1人がヒトシ君
だった。今はどうだか知らないが子供のグループには必ず、番長格の男の子が居るものだ。
ターちゃんは運動も得意で統率力があり、いつもどこかズル賢く、しかもその母親も妙に近隣で幅を
利かせているタイプだったので、鬼に金棒という感じで彼はいつだってイバリ散らしていた。

一方、ヒトシ君はターちゃんより少しおとなしいタイプではあったのだが、ターちゃんより身体も大きく
腕っぷしも強かった。ドッチボールをやってもハンドベース(うちではそう呼んでいた。柔らかいボール
を手で打ってやる野球と同じルールのゲーム)をやっても、最終的にはターちゃんよりヒトシ君のほう
が強かったりした。食欲も旺盛で、一度私のピアノの発表会の帰りに親同士も含めて一緒に
レストランに行ったら、ヒトシ君はカレーライスを瞬時で完食したあとキレイにお皿まで舐めつくして
お母さんに頭をはたかれて怒られていた。無邪気で、そして元気な子だった。

そんなヒトシ君の台頭に本能的に危機感を感じたのか、ターちゃんはやがてヒトシ君を疎外し
始めた。ターちゃんはちょっと策略家なところがあり、言ってみれば "織田信長タイプ"であった。
(そういう例えで言えば、ヒトシ君は少し朴訥で存在感的には "西郷隆盛"っぽかったかもしれない。
いや、顔はもっとずっとハンサムであったが)
ターちゃんの家で皆が集まってエポック野球盤で遊ぶ時なんかも、ヒトシ君だけ呼ばれなかったり
外で皆んなで缶蹴りなどしていても、ヒトシ君だけ、隠れ場所があまり良くないところだったりした。

しかし、まだ2年生とか3年生くらいだった我々は、物事の全体を俯瞰して見る能力にいまだ欠けて
おり、「ヒトシ君も呼ぼうよ」などと、あえて意見する子は居なかったし、そうすることを実際思いつき
もしなかった。それはそういうものなのだと思い込んでいた感じである。
私は個人的にヒトシ君とは仲が良かったが、団体の中で特別に彼をかばってあげようと思った事は
なかったし、かばってあげない気の利かない自分にも全く気付かなかった。そのくらいまだ私も
幼かった。ターちゃんとヒトシ君が相も変わらず不穏な空気になっているドッチボールが終わって
家に帰った直後に、普通にまたヒトシ君の家に遊びに行って、姉のミツコちゃんと3人でトランプを
して楽しく遊んだりした。子供に深い思惑はない。

近所に川上公園という大きな野球用のグラウンドがあって、そこは土日以外は常時開放されて
いたので、私達の部隊(?)はしょっちゅうそこに行っては、軟式のボールで本格的な野球をやった。
そこで試合を始めると、だいたいターちゃんかヒトシ君が、我々がボールを取りに走るのが面倒な
くらいの特大ホームランをボカスカかっ飛ばして腕力を見せ付けていたものだが、徐々にヒトシ君は
そこでも除外され始めた。
バットやグローブをかついで一緒に公園までは来るが、いざ試合開始となると、ターちゃんが厳しい
口調で 「ヒトシ君は審判やって。審判以外だったらやらせない」と必ず言い切った。
腕力は強いが、性格はおとなしめのヒトシ君は、抵抗しつつも最後には苦笑いでそれを受け入れ
キャッチャーの後ろに立って審判をした。ターちゃんはガンガン長打を打ち続けた。

私たち女子が途中で野球に疲れて、勝手に飛び出して近くの林でドングリを拾ったり、ベンチで
さんざんおしゃべりなんかをして、かなりの時間が経ってからまたグラウンドに戻ると、たいてい
薄暗がりの中で、まだターちゃんチームの猛攻は続いていて、守備をしている側が皆少々ゲンナリ
しながらボールを追いかけていたりした。
そして、相変わらずヒトシ君だけは1人でずーーっと、審判をしていた。
延々キャッチャーだけをし続けていた日もあった。

そんな3年生の初夏のある土曜日のお昼頃、私が友達たちとランドセルを背負って、ガヤガヤ
おしゃべりをしながら学校の下のガソリンスタンドの辺りを歩いて下校していると、数十メートル前方
の文房具屋の辺りを、やはり友達と歩くヒトシ君の後ろ姿が見えた。

ヒトシ君とはそのほんの数日前に、一緒に遊んでいる時にたまたま、「ボク、milkちゃんをお嫁さん
にしようかな!」「うそ~」などと、ふざけ半分で話していたくらいだったのだが、その時は特に何とも
思わずに視界から消えるヒトシ君を見送った。

その日の夕方頃だっただろうか。

そのあたりの詳細はどうも覚えていないのだが、誰かが家に来たか、あるいは電話が来て
「ヒトシ君が死んだ」 と言う。

私はそれを聞いて、まずビックリとか悲しいとか言うよりも、ほとんどキョトンと、そして呆然として
騒ぎの行方を黙って追った。
8号棟横の集会所の辺りに友達と走っていくと、相当人だかりがしていて大人たちがボソボソと
でもだいぶ興奮してそのことを口々に話し合っていた。

私はあの下校時、少し距離があって見えなかったのだが、ヒトシ君はどこかでクワガタを捕まえた
とかで、それを手に持って歩いていたらしい。そこにたまたま通りかかった3号棟のW君(私と同じ
【使えるなべ】·材質:鉄·鉄鋳物、耐熱ホーロー、ステンレス、多層鋼なべ·大きさ:直径12~26cmのもの·形状:底の平·:a-b00kd41kf2-20201218:アイリスオーヤマ,IHクッキングヒーター,2口,IHコンロ,グリル,タイプ,200V,据置型,ブラック,IHC-SG221,家電,キッチン家電,IH、電磁調理器,据置き型IHクッキングヒーター クラスだった明るい少年)が、「それ、くれよ!」といってまとわりついた挙句、くれないので頭を
思い切り何発か叩いた(殴った?)らしい。

そして、そのちょっとしたすったもんだのあと、普通に帰宅したヒトシ君は、お母さんが台所で昼食の
準備をしている間に 「なんだか頭が痛い」と言い出して、その場で座布団を枕にしばらく横になって
いたそうだが・・・・・

その後のことはよくわからない。

とにかく、そこですぐにもうヒトシ君は死んでしまったのだった。

私はそれまでの9年間の人生で、ほとんど「死」というものに接したことがなかった。
人の死はもちろん、犬も猫も飼ったことがなかったので、動物の死に直面したことすらない。
たまたまデッカいアリンコを踏みつけて「あらら、死んじゃった」程度の死にしか遭ったことが
なかった。

それなのに、毎日遊んでいた仲良しのヒトシ君が死んだ、という。

集会所の横では、ヒトシ君とほとんど話したこともないはずの近所の女の子が大声で話をしていて
私の姿をみつけると駆け寄ってきて「知ってる?即死なんだってさ!」と得意げに言った。
私は、ウンともヘーとも答えずそれを聞いたが、かといって「あんた不謹慎だよ!」みたいな感情が
湧くほど私も大人ではなく、とにかく 「ヒトシ君が死んだ」 ということを何度も喉の奥で反すうする
ばかりなのだった。

そして
事故が起きた日の翌日か翌々日かに、私は、いつも一緒に遊んでいた例の仲間達と連れ立って
ヒトシ君宅を訪れた。それは実際、友達内で「ちょっと弔問に行こっか」 とか示し合わせてそうした
わけでは当然なく、それぞれの母親に 「いいから、皆んなで行って来なさい。騒いだらダメよ」
などと促されて、親の申し合わせでただ集められただけでもあった。

ターちゃんをはじめ、さんざんヒトシ君と遊び倒してきた私達は、神妙な面持ちでヒトシ君宅へ
列になって上がると、そのまま最も玄関に近い西側の和室に通された。

ヒトシ君は青白い顔をして、直立不動で布団に寝かされていた。
その時はもちろん気付かなかった(というか知らなかった)が、今思い出すと確かに、彼はいわゆる
"北枕" の向きで横たわっていた。そうか、本当にそうするのだな。(今わかった)

親に「騒ぐな」と事前に注意を受けてやって来た私達だったが、きっと 「騒いでいいよ」と言われても
誰も絶対に ピイ とも言わなかったであろう。
うるさいターちゃんも、すぐグズるジュン坊も、本当に誰ひとり一言も発さずに、冷たいヒトシ君の
亡骸を遠巻きに見つめていた。

そうしながらも徐々に訪問客はバラけて三々五々帰っていったりしたのだが、私は母親が一緒に
来ていたのか、しばらくそこに残っていた。(詳細記憶なし)
そのうち、遠くからオルゴールらしい細い音色が切れ切れに聴こえてくるのに気付いた。手持ち
ぶさただった私は一人でその音のほうに近づいていくと、ヒトシ君とお姉ちゃんのミツコちゃん
(当時5年生?)の子供部屋からだった。
そうっと入口の辺りで部屋の中を覗くと、ミツコちゃんが、普段から色白で人形のように整っている
顔をもっと人形っぽい硬い表情にさせて、2つ並んだ勉強机の左側に1人で座っていた。そして
オルゴールの箱を抱えるようにして、パタン・・・パタン・・・とゆっくり開けたり閉めたりしていた。
硬い表情とは言っても、泣いているとか暗く沈んでいるという深刻な顔つきではなく、何とも言えな
い、真っ白で無表情な顔であった。
そのオルゴールから 『月の砂漠』 のメロディが切れ切れながらも、私が居る間、延々鳴り続けて
いた。

その時、私はその光景を目の当たりにして、悲しみを新たにしたり弟を突然失ったお姉ちゃんに
深い憐憫の情を覚えたりは・・・・・・やはり、全くしなかった。
「ふぅん?」と思って眺めていただけだったし、今見たばかりの、物いわず冷たく横たわっていた
ヒトシ君の残像で気持ちが硬直していて何も感じることが出来なかった。

しかし、これは私のあとの人生で何度となくハッキリと思い出される音と映像になった。
そして時が経てば経つほどに、姉のミツコちゃんが座ってオルゴールに向かっている部屋の光景
や、消え入りそうなその音色が時々蘇ってきて、今さらながら思い出すたび胸がつまるのだった。

私のそこそこに長い人生の中でも、あの光景以上にうら淋しく、はかなく、空しいものはたぶん
まだ見ていない。それは、真に近しい者はまだ誰も居なくなっていないからなのかもしれない。

先月、私の父親に頼まれて、彼が参加している歌会のための歌集づくりを手伝ったのだが、
その中に 『月の砂漠』 がレパートリーに混じっていた。

月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて 二つならんでゆきました

金の鞍には銀の瓶 銀の鞍には金の瓶
二つの瓶は それぞれに 紐で結んでありました

パソコンでその歌詞を書き写しながら改めて見てみると、驚くほどに淡々とした歌詞であった。
月が明るい夜の砂漠を、旅人を乗せた2頭のらくだが、ただトボトボと歩いているというだけの
内容だ。最後まで、誰の感情も入っていないし、何の事情も語られていない。
これはもう、阿久悠もビックリの無機質な歌詞である。
しかし、無機質だが妙に何かを訴えかける。ものすごく淋しい。
淋しい、哀しいと一言も発していないのに、情景描写だけで怒涛のような寂寥感を漂わす。
すごい歌だな、と思った。

そしてこのすごい歌が、ヒトシ君を思い出す唯一の曲になったことが、今さらながら、ありがたい
くらいに淋しかった。

お葬式の時だったか、ヒトシ君のお母さんが
「ヒトシね、milkちゃんと結婚するんだって前に言ってたのよ」と涙ながらに私に言って私は
「え~・・・」とあいまいに答えたが、それは実は私もよくわかっていたことだった。
死ぬ数日前に言われたことだったからね。
でも、結婚できなかったですねぇ。

それと、その事件のあとすぐに、そそくさと遠方へ引っ越してしまって姿を消したW君一家であっ
たが、何と今から5年前くらいに、私がなにげなくネットの「昔の同窓生を探そう」みたいなサイトで
自分の出身小学校を見てみたら、驚くべきことに、夜逃げのようにあの夏に団地から消え失せた
W君自身が最近入れたらしい書き込みがあったのだった。そのコメント欄には

3年生で引っ越したWだよ!みんな覚えているかい?会いたいね!!

とあった。
ものすごく驚いた。本気かよ??くらい思った。
だがよくよく考えると、W君の親はリッパだったと言えるな・・・・とも感じた。

3年生という年齢で、ただ無邪気に友達を叩いたことで、図らずも殺人犯となってしまった息子に
長い時間をかけてそのことを忘れさせ、最後には、自らを名乗ってまでしてその小学校の同窓生を
探すほどまでに無邪気な成長を遂げさせたことになる。
3年生でたまたま運悪く起こってしまった事故について、一生重荷を背負い心で償い続けて
うつむきがちに暮らす必要は、確かにないと言えるだろう。

30年経って、W君は相変わらず無邪気で元気に生きている。
ヒトシ君は相変わらずこの世に戻ってくることもなく、不在のままである。
それはあまりに不条理なことのようだが、仕方の無いことでもある。

そして、また今から50年も経てば、W君も、ヒトシ君も、そして私も、もうこの世には居なくなって
いるのであり、皆結局は同じところに行く。

人の死は哀しい。でもいつかは誰もかれも死ぬ。
死ぬまで生きているだけのことだ。

だからせめて生きているうちは、思いのほか早く死んでしまった人の分までも、楽しく有意義に
送るべきなんでしょうね。

*       *        *

ビートルズ話題でブログのアクセス数を右肩上がりに増やしたあと、こんな誰も知らない暗い話を
長々書いて、皆さんを一気に引かせたかもしれないが・・・・・・

ゴールデンウィークの後半から私の頭の中ではずっとこの 『月の砂漠』 のオルゴール音が鳴り
響いており、これはもしかすると、ヒトシ君のことをブログに書けという何かの暗示かなとも思って
ちょっと書いてみた。

それに、この驚異のインターネット社会、もしかすると今や "天国" にまでインターネットは
繋がっているかもしれない。
今頃、きっと誰かがヒトシ君に 「オイ!!大変だ、おまえの話が何かブログに色々書かれてるぞ!」 「うそっ!俺??へぇ~っ。親きょうだい以外で俺の事なんかをそんなに長いこと覚えてて
くれてた人がいるんだー?どれどれ~?うわっ 文章、長!!」とかいって、喜んで読んでくれて
いるような気もする。いや本当に。

私も、死んだあと誰かが長く長く覚えていてくれる人生にしたいものだけど、それって意外に
難しそうだ。善行を積めばいいってものでもなさそうだし。性格もヒネくれてるし私なんかは
ちょっとムリっぽい。


(皆さんにはかなりつまらない内容でしたけど、何か感想あったらコメント入れて下さいね。
似たような思い出はお持ちですか?)


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コメント 23
オルゴールというものには・・・どなたにもなにやら「想いで」みたいなものがありそうですね。僕の場合は・・・「祖母」です。1969年に亡くなったのですが、そその祖母が使っていた時計(オルゴール付き)を、母が病院から持ち帰ってきたのです。ネジを巻くと「音」が出るその時計オルゴール~やけに図体が大きい:笑)を、僕は何度もかけました。そして覚えた曲が「テネシー・ワルツ」です。すごくシンプルなメロディのいい曲でした。ネジ(ぜんまい)が緩んでくると・・・徐々にテンポが徐々に遅くなってくる。そして・・・止まる。そんなオルゴールの哀しい仕組みが・・・亡くなったばかりの祖母のイメージとピタリと重なりました。だから、あれ以来・・・「テネシー・ワルツ」は、僕の中では「おばあちゃんのワルツ」なんです(笑)
余談1~だいぶ昔ですが、サパークラブみたいなところでバンドをやってた時に、お客の米国人女性(けっこう田舎クサイ:笑)から「飛び入りで歌いたい」との申し出があったので、何やるの?と聞いたら(what tune?と言っただけです:笑) 「タナシーー・ゥオルツ!」と言いました。?その時は、よく聞き取れませんでしたが、曲が始まったら・・・「テネシーワルツ」でした(笑)
ちなみに・・・この方の歌~ドヘタでした(笑)
by bassclef(2006-05-14 07:43) 

子供たちの無邪気さと無邪気がなせる残酷さ
そんな感じを受けました。そしてオルゴールが鳴っている光景が
自分で経験したかのように目に浮かびます。
どうしても月の砂漠
♪ゆきましたが逝きましたって文字になってしまいます。
by derosa84 (2006-05-14 08:34) 

bassclefさん、ずいぶんご無沙汰じゃないですか!!ありがとうございます。
しかもこんな亜流ネタの時に。
おばあちゃんの時計のお話、イイ話ですねぇ~!ちょっと涙ぐみそうになり
ました。(最近明らかに涙もろい)

>そんなオルゴールの哀しい仕組みが・・・亡くなったばかりの祖母の
>イメージとピタリと重なりました。

妙に納得。そうか、だからオルゴールって何か哀しいのか。
テネシーワルツは泣けるなぁ。実は優しいメジャーの曲のほうが、奥深く
泣けたりしますよね。とはいえやっぱり、J-POPのヒット曲じゃ絶対涙は
出なそう。最近はそんなオルゴールが多いんですよ。ZARDの「負けないで」
とか。なんでオルゴールの音色なんかに、カツ入れられないといけないのかっ

関係ないですが「What tune?」ってたったの2wordですが、結構ハイレベルな
英語と思います。義務教育の英語でそのまま来た人は、"tune"は意外に
出てこないでしょう。
そのアメリカ人のおばちゃんも、タナシーオルツに色んな想い出があるので
しょうか。
by milk_tea (2006-05-14 12:29) 

derosaさんこんにちは!ここではしばらくです。
そうですよね!子供は天使、とかいうけど実はものすごい残酷な生き物。
でもそうやって、揉まれて大人になっていくんでしょうけどね。
「逝きました」 うわーん、哀しいなあ。本当ですね。
ところでこの歌って日本人が作った歌だから、やっぱり鳥取砂丘のこととか
なんでしょうか。ちょっとムードないな。でもきっと異国の物語をイメージしてる
に違いない。こんど調べてみよう。
by milk_tea (2006-05-14 12:36) 

Milkさんおはよう。

ビートルズですばらしい映画論を展開された後は
とてつもなく悲しいお話・・

読みながら、すっかり悲しくなり、命ってなんだろう、
という気持ちになりました。
さすがにMilkさんより長く生きていると、友達の死に直面することは
あります。ついこの前も昔のバンド友達が逝ってしまった。
でも、多感な10代以前に友達を突然失うということはなかったな・・
ましてや、Milkさんが見たお姉さんの後姿、その空気が漂う部屋のような悲しい光景は私はまだ見ていません。

3歳ぐらいまで住んでいた親戚の家にベッドサイドテーブルのような
オルゴールがあって、それが「月の砂漠」でした。後にそれが御宿
海外が舞台であった、と知ることになるのだけれど、そのときは
完全にアラビアの方の砂漠にらくだが2頭、月の出ている夜に
シルエットでとぼとぼ歩く、エキゾチックで悲しい風景を全身で感じて
いました。

なんとも悲しく、私もやはり、ぜんまいが緩み、段々テンポが
遅くなってきて止まる瞬間がイヤで、何度もきつくぜんまいを
締めた思い出があります。

ヒトシ君のお姉さんの心の中にある「月の砂漠」がどのくらい
悲しいものなのか、知る術はないけれど、それまでの普通の
生活の中で何気なく、ヒトシ君の存在と同じようにオルゴール
から流れていたメロディが、その日を境にあまりにも残酷なものに
なってしまったであろうことは想像に難くないでしょう。

単に事実として知る他人の家族の事件が自分の心の中にメロディ
を伴うことでこれほど染みてくることを考えれば、お姉さんにとって
の「月の砂漠」はその後の人生にどんな影を落としたのか・・・
胸がしめつけられます。

お姉さんは今も元気でお過ごしなのでしょうか・・
そしてそのメロディを突然思い出したMilkさんは・・・

------------------------------------
P.S.

>死んで身体を浄められ、家に戻った友達のヒトシ君に会いに、
>小学3年生だった私は友達数人と彼の家を訪問した。
>その時に奥の子供部屋で彼のお姉ちゃんのミツコちゃんが
>勉強机の椅子に座って脚をブラブラさせながら、机の上に
>置かれたオルゴールのフタをごく無表情にゆっくり開けたり
>閉めたり、黙々と繰り返していたのを見た。

この出だしの衝撃のすごさ。凡人はこのように「死」というこの話を
貫くテーマを、長い文の一字めにはもって来れない。
しかも、その前の一行「ヒトシ君は彼氏・・・・ではないのね」
という程度の読み手の軽い感情にぐっさり差し込む一字。
そして5行で一気に無機的に情景を書ききるスピード感が読み手
の心をグラグラとさせます。次に続く心情を読む前に5行で読み手
の心に何がしかのモノが湧き上がります。・・・・・
そして死因のわからぬまま、文章を読み進めなければ
ならない、その間、どんどん引き込まれる。
そしてやはりやってくる事故死の結末。
すごいです。(絶賛系)
by P's(2006-05-15 18:20) 

すみません、誤打がありました。

「後にそれが御宿海外が舞台であった」

「後にそれが御宿海岸が舞台であった」

ご存知のとおり、「月の砂漠」は作詞家 加藤まさを氏 が
御宿海岸を歩きながらイメージしたと言われています。
原作では砂漠ではなく、沙漠なんだそうです。
だから砂がなくても岩場でもよいということなのですが、
それではイメージが崩れますよねえ・・・
by P’s(2006-05-15 19:26) 

P'sさんおはようございます・・・って18:20に「おはよう」って、もしやP'sさんは
海外組でしょうか。ヨーロッパならば日本の夕方は午前中・・・。
今回のビミョ~なテーマに長いコメントありがとうございました。

>でも、多感な10代以前に友達を突然失うということはなかったな・・

まあ9才とかだと、多感どころか全くの無感ですね、まだ。
ヒトシ君のことを思い出したり、その時の記憶を反すうして改めて感慨に
浸ったのは何年もあとのことでした。後付の悲しみって感じでした。

>3歳ぐらいまで住んでいた親戚の家にベッドサイドテーブルのような
>オルゴールがあって、それが「月の砂漠」でした。

やはり!昔のオルゴールのスタンダード曲だったのかもしれない!

>後にそれが御宿海外が舞台であった

御宿海外????御宿?でも海外???
・・・と、さんざん考えたあとにフォローコメントを見ました。御宿海岸ですか。
でもあの曲、よくよくあとの歌詞を見ると「王子様とお姫様」が出てきたりして、
場所は確かに御宿海岸でインスパイアされたかもしれませんが、イメージと
しては、もっと無国籍な幻想の世界だったのかもしれません。御宿海岸にも
鳥取砂丘にもらくだはそうそう歩いてないでしょうし。

>なんとも悲しく、私もやはり、ぜんまいが緩み、段々テンポが遅くなってきて
>止まる瞬間がイヤで、何度もきつくぜんまいを締めた思い出があります。

曲がおそろしくゆっくりになって、そして止まる瞬間っていうのは、悲しいと
いうかちょっと怖いんですよね。子供心には。

>お姉さんにとっての「月の砂漠」はその後の人生にどんな影を落とした
>のか・・・

おそらく、そのオルゴールそのものの事は彼女は記憶にもないかもしれま
せん。脱力して呆然として、目の前にあったオルゴールをたまたま触っていた
んだろうなと思います。ただ、その事故のあとは彼女は少し性格が変わって
しまって、天真爛漫さが陰をひそめました。その辺の心情は、当人以外
わかり得ないです。

>この出だしの衝撃のすごさ・・・・。

細かい分析で誉めていただいて、ホントありがとうございます~。
その辺の文章構成は、ご指摘どおり!の狙いで書きました。
人の死について書くのは結構難しいですね。明るく書いたら不謹慎だし
暗く書いたら湿っぽすぎて、読んじゃいられないし。
でも、1度文章にしたかった事でした。死者は、生きている人間が時折
思い出してあげることが一番の供養なのかなと思うし、個人的にはとても
満足してます。(記事としては案の定リアクション悪いですけどね~^^;)
温かいコメントありがとうございました!
by milk_tea (2006-05-15 23:43) 

重いっ。う〜ん重いよーmilkさん。もちろんmilkさんをお姫さまダッコしたら重かったとかいうんじゃありません(爆)。
こーゆーつまんないボケでもかまさにゃ読めませんてー。
まあ一種のトラウマってやつですね。私はmilkさんのような体験はありませんが、幼気な子供に容易く人の死など受け入れられるわけもなく、いまだにオルゴールで聴く「月の砂漠」それ自体がヒトシ君の死そのものの象徴なんですね。
それにしても文章がうまいんでズンズン引き込まれましたー。
by MASA (2006-05-16 01:44) 

MASAさん、こんどは九州!なんだか楽しそうなお仕事だなぁ~。
さて・・・今回の内容・・・やっぱり激重でしたね。
顧客を満足させる(させ続ける)っていうのは、たぶんおそろしく大変なことで
自分の会社も、よく顧客満足度なんてことを口にしていますが、実際こういうの
をやってみると、ちょっとわかりますね。
とはいえ、まあブログは別にビジネスじゃないし、たまにはこういう暗い
独り語りなんかで皆さんを引かせつつ、Life with Music道を突き進んでいく
所存です。^^
でも、子供時代にたいてい1人くらい、不意に死んでしまうような友達
(特別仲がいい友達じゃなくとも)って居るものですよね。
それは事故死であっても、ある意味自然淘汰の一種のような気もします。
全員が全員、無事に、元気に生をまっとうするなんてことはムリなんですよね。
by milk_tea (2006-05-16 10:15) 

MTさん、こんにちは。
ちょっとお久しぶりですね。Beatlesモノには、とてもコメントできないWankoの
音楽遍歴ですが、今回のオルゴール。これは、我々の年代ならば、誰しも
何かしら思い出があるんじゃないでしょうか。
私も小学生の頃、作文にお気に入りのオルゴールについて書いた記憶があります。
そのオルゴールは淡い色の陶器で、金髪に青い目の少女がロングスカートを
手で広げている形でした。メロディは「乙女の祈り」。
父がお土産に買ってきてくれた(と、言っても海外ではない)ものです。
当時は特になんとも思いませんでしたが、娘のためにとあれこれ悩んでそれを選んだのかと思うと、父の死から20年以上経った今になってちょっと胸が熱くなりました。
それにしてもMTさんのリリーフランキーも越えたか?と思うような一篇、さすがです!
淡々とした余計な飾りのない文章の中に、儚さや無常のようなものをひしひしと
感じてしまいました。
会社で仕事の合間に読んでしまったものですから、涙をこぼしてはならぬと必死にガマンしたけれど、鼻は赤くなってたと思います。
by wanko(2006-05-16 11:11) 

月の砂漠といえば、私の場合はやはりどうしても
ほろ酔いの親父を思い出してしまい、悲しいけどヤな気分になってしまう。
あの得々とした表情で森繁調でうなってる姿。むかしの話のリプレー。
新京、奉天、シナ人、鮮人がどうとかこうとか。付和雷同の権化。
この帝国主義者の尖兵めが。むちゃくちゃ反発心芽生えました。
とはいえ、気がつくと私もすでにあの頃の親父と同じ年に近づいてきました。
オルゴールか。グリーンスリーブスかな。ユネバギヴミマネーなんてのも
いんじゃねーかなんて。こんな私にも息子の世代は反発感じちゃってるんだろうな。
新京、奉天はその名も変えて長春、沈陽、今日も何億の中国人たちが
新しいプライドを胸に抱きつつ、経済発展の中で一日を終えて自転車で
大道を行き来しているのを見ながら、これからどうなっちゃうんだろうなんて
思わず遠い目をしちゃう自分。
自分もそろそろ死の準備をはじめて、人生のまとめにはんないと
どうにもならんななんて。そんなことを考えてしまいました。
by roland bynum(2006-05-16 17:19) 

こんばんは。連休明け、ちと働きすぎです。それで今日は早々に帰宅しました、眠い!
milkさんの個人的な体験に自分の感想を書くことは控えますが、私的な体験と音楽との関係について、それと音楽の持つマジックについて考えさせられました。3分かそこらのポップミュージック1曲でも、何百万、何千万人のリスナーがそれぞれの私的体験と何らかの関係を持ってその曲が好きになるってことはあるでしょうね。それが音楽の持っているすごい力だと思うし、その力を信じたいって思います。
私は、かなりしょぼい話ですが、おふくろの妹(私の初めての身近な大人の女性)が聴いていた、吉田拓郎の「元気です」というアルバムの思い出です。その頃、私は小学生だったのですが、当時大学生だったその女性が、そのアルバムを何度も聴いていて、それを盗み聴きしたときに、何というか、自由な世界に憧れました。大人っていいなー、大学生っていいなー、ってことと、ギターっていい音だなーって感じました。その後、カーペンターズまではその女性にインスパイアされ、その後は自らビートルズに入っていく、て経過を辿ります。
その女性は、その後数奇な運命を経て、今はあまり幸福とはいえない生活を送っているのですが、自分にとっての音楽へのドアを開いてくれた、ってことは感謝すべきなのかな、って思います。
by ayumusic(2006-05-16 21:06) 

うちにも何台かオルゴールがありますが、ぼくが選んで買ったのは、おもちゃ箱のステージでプリマの格好をした猫がゆっくりと回る焼き物のオルゴールです。
曲はリチャード・ロジャースの「私のお気に入り」。
もちろん例の、『サウンド・オヴ・ミュージック』の挿入歌です。

猫といってもキティのような極端にデフォルメされた猫ではなく、どちらかというと『耳をすませば』のバロンのようなクールな表情の猫で(オルゴールのほうはもちろん女の子ですが)、全体としてはメジャーなのにマイナーな雰囲気で始まる「私のお気に入り」のメロディに合わせて彼女が孤独にターンを描くようすは、なんとなく淋しげな感じもあってとても好きなオルゴールです。

ところでぼくにもmilkちゃんとちょっと似た思い出があります。
その男の子はどう考えても友人とは呼べない、ぼくにとっては単なる近所のガキ大将、いじめっ子でした。
ぼくと歳は一つしか違わないのに、身体も大きく腕力も強くて、ぼくも何度か泣かされた記憶があるし、妹も彼にはいじめられたのではないかと思います。

ところがアキラくんというその近所のいじめっ子は、小学校の1年生のある日、突然亡くなってしまいました。
母に聞いたところによると、どうやら大きな木から落ちて頭を打ったらしく、家に帰ってしばらくすると頭が痛いと言い出して病院に運ばれ、そのまま亡くなってしまったということでした。
それはそれはあっけない死でした。

ぼくはもうアキラくんからいじめられることもないのだという安堵感とともに、人間の儚さというものを思いっきり知らされ、母から聞いた「脳内出血」ということばの恐ろしいイメージとともにいつまでも消えることがありませんでした。

直線距離にすると彼の家とは100メートルも離れていなかったので、当然葬儀にはぼくも参列しているはずなのですが、その記憶はまったくありません。
それほど、ぼくは彼の死を悼むことはなかったのでしょうが、人の死のあっけなさだけは脳裏から離れることがありませんでした。

ミツコちゃんが当時5年生だったとすると、今のうちの娘とちょうど同い年です。
そう考えると、3年生にはピンと来なかった「人の死」も5年生のミツコちゃんにはかなり堪えたのではないでしょうか。
天真爛漫さが影を潜めてしまったというミツコちゃんの心情を思うと胸に迫るものがあります。
by parlophone (2006-05-17 01:32) 

>Milk_teaさんの個人的な体験に自分の感想を書くことは控えますが、

私もayumuさんと同じです。

小学2年の時(だったと思う)に、同学年の女の子が死んだ。校庭に有った遊具の木製の柱が根元から折れて。数人がぶら下がってグルグル回るやつだったが、それが倒れそうなのを察知した他のみんなは即座に手を離して逃げたらしいが、一人だけ逃げ遅れて。

クラスは違ったので、話したことは無かったと思う。

幼稚園児だった私の弟が、たまたま新聞記者とカメラマンが来たとこに居合わせたらしく、次の日の朝刊に「その倒れた柱を前にしゃがみ込む4人の子供」の一人として載った。私はそれを見て、「弟が何で?」と思ったのを、Milk_teaさんの文章を読んで思い出した。

私の母はその後、「今でも、お母さんが毎朝ランドセルを出して来るんだって。」と言っていた。それは、誰に聞いたことなのかも解らないし、もしかすると母の作り話だったのかもしれない。

「死んでいくのは他人ばかり。」と言ったのは青森出身の寺山修司だ。

大人は、子供の頃の残酷さを「隠す術」を身に着けてしまっただけなんだなぁ、たぶん。

この時分、私の育ての親のような伯母が、コロンビアのレコードプレーヤで聞かせてくれた「ダークダックスの25cmレコード3枚」は今でも私のレコード棚にしまってある。ソ連という国には民謡は存在していなかったような気がするが、そのレコードの一枚には「ロシア民謡集」と書かれている。

民謡は存在しなかったような気がしただけだったようだ。

しかし、ロシア人のロシア語ではなく、ダークダックスの日本語ア・カペラのロシア民謡というのも、相当ねじれてるな。(笑)
by Zamora(2006-05-17 02:15) 

wanko様~しばらくぶりでございます。昨晩ちょっと早寝してる間に色々来て
いる。うわーい

>私も小学生の頃、作文にお気に入りのオルゴールについて書いた記憶が
>あります。

おぉ~wankoさんもやはり。
その頃って、オルゴールというものが "少女の夢と憧れ" 的な位置にあった
んでしょうね。私もやたら欲しくって買ってもらったんです。

>そのオルゴールは淡い色の陶器で金髪に青い目の少女がロングスカートを
>手で広げている形でした。メロディは「乙女の祈り」。

美しいなぁ~。そのオルゴールは結構な値段、しそうだ・・・・。
私のは、かなり安っぽかったです(笑)なにせ、ナンチャッテ亜土ちゃんの
イラストだったし。母からもらった時、明らかに「うへっ!イメージと違う・・・」と
うっすら落胆したもんです。wankoさんのみたいな、ロマンティックでドレッシーな
やつが欲しかったわけですよ。
しかも「乙女の祈り」とは何とも美しいではないですか。あれ、ピアノで弾きたく
てねぇ。でも「エリーゼのために」とか「クシコスポスト」あたりで挫折しちゃい
ました。
(今、ほぼ30年ぶりにコシコスポストって曲名を思い出しましたが、クシコス
ポストって何のことだ?どんなポストやねん?)

>当時は特になんとも思いませんでしたが、娘のためにとあれこれ悩んで
>それを選んだのかと思うと、父の死から20年以上経った今になってちょっと
>胸が熱くなりました。

あとになって思い返して、改めて「ああ~そうだったのか」みたいなことって
色々ありますよね。それにしても、亡くなったお父様のお土産ですか~
それは思い出深いですね・・・。しんみり。
父親の死なんて言ったら、近所の友達の死とは比べモノにならないな。
(比べるものでもないですが)

>それにしてもMTさんのリリーフランキーも越えたか?と思うような一篇、
>さすがです!

ワーイ( ・_・)v、それは何よりの誉め言葉です!
私は、たいてい古い作家のほうが好きですが、リリーフランキーの、乾いている
が優しい文体はかなり気に入ってます。
リリーさんも、今回の本ではそれこそ札束が東京タワーの高さくらい積みあがる
ほど儲けましたよねー。印税生活・・・・・1度してみたい!!!
wanko様また色々コメント下さいねー!
by milk_tea (2006-05-17 10:06) 

rolandさんいつもありがとうございます。

>ほろ酔いの親父を思い出してしまい、悲しいけどヤな気分になってしまう。

rolandさんも、なかなか多感な幼少~青春時代だったっぽいですね。
全然話ちがいますけど、つい最近家の近所のコーヒーショップで時間つぶし
をしていたら、隣のテーブルの老人集団がやたら大声で盛り上がっていて
本当にうるさかったんですが(そこが溜まり場らしい。店も迷惑してるだろうな)
話題が、満州がどうしたこうした。海軍学校がどうしたこうした。先輩のイジメが
すごくて夜間訓練の時にどうしたこうした・・・
この21世紀の世の中でもまだそんな戦中の思い出話で盛り上がる集団なん
か残ってたんだ!ってビックリしちゃいました。アンタらまだ生きてたのかい!
みたいな・・・。
ジジィの繰り言っぽくてウルサイ事はウルサイんだけど、かなり貴重な歴史
証言でもあるわけで、rolandさんも年を重ねた今ならば反発感じずにフンフンと
聞けるかも?

>オルゴールか。グリーンスリーブスかな。ユネバギヴミマネーなんてのも

あ~、グリーンスリーブスも当時は定番だったかも。あれもメランコリックな曲
ですよね。You Never Give.....は確かにオルゴールに合ってるかもしれない。
でも何も、アビーロードのB面をオルゴールにしなくてもみたいな。ビートルズ
ファンしか買わないじゃん(笑)私は欲しいですけどね。

そういえば25歳くらいの時、好きでもない人から誕生日に小さなオルゴールを
もらったが、曲は「レット・イット・ビー」だった。オルゴールにしかり電話の
保留音にしかり、レットイットビーは単純な音符にすると全く味わいが落ちる!
あれは何故だろう。譜割りも絶対にヘンなのね。
「シャレたプレゼントだろ?フフン」ってその人はしたり顔だったけど、
「ビートルズはアルバムで聴くから結構ですっ^^;」って内心思ったものでした。
(あ、また話それました。笑)

>自分もそろそろ死の準備をはじめて、人生のまとめにはんないと
>どうにもならんななんて。そんなことを考えてしまいました。

何言ってるんですか~人生まとめるのはまだまだ早いですよ!
まだまだ、投げ散らかして行きましょう!!
by milk_tea (2006-05-17 10:41) 

ayumuさん、毎度含蓄あるコメントありがとうございます。
>何百万、何千万人のリスナーがそれぞれの私的体験と何らかの関係を
>持ってその曲が好きになるってことはあるでしょうね。

本当ですね。同じ曲でも、ある人は悲しい別れを思い出すが、ある人は最も
楽しい思い出とリンクしてたり・・・人それぞれ。結局、音楽は人の人生にリンク
しているのですね~(いやぁ本当に Life with Music だ。我田引水。)

>おふくろの妹(私の初めての身近な大人の女性)が聴いていた、吉田拓郎
>の「元気です」というアルバムの思い出です。

何故か知ってます、それ!「夏休み」が入ってるやつですよね・・・・・
私が中学生の頃、ミノルタX7のCMで宮崎美子がバカ売れし(あの木陰で
Gパンを脱ぐやつ)、直後に「元気です」っていう昼の連続テレビ小説(NHKで
はなかった)のヒロインを彼女がやったドラマがあったんですけど、その中で
そのアルバムから劇中歌として使われてた曲があり(どれか忘れた)、友達
から借りて聴いたことがあります。(なんか懐かしぃぃ~)
ミノルタX7って、なんで型番まで覚えているのだろう?(笑) CMってすごい。

>大人っていいなー、大学生っていいなー、ってことと、ギターっていい音
>だなーって感じました。

なんか、そう思った空気感は理解できます。私もフォークはそんな知りません
けど、彼の、投げ付けるような泥臭くも青臭い歌は、体制に反発するオトナの
男の象徴って感じがしたでしょうね。

>その女性は、その後数奇な運命を経て、今はあまり幸福とはいえない
>生活を送っているのですが、自分にとっての音楽へのドアを開いてくれた

人間的に魅力的なかただったんでしょうね。でも若い頃、カッコよく感性高く
生きていた人が年を経るに従いいつしか没落していくのはよくある、というか
どっちかというとそちらのほうが多いかも知れないですね。
美しく生き続けるのは難しい。でもそれも人生といいましょーか。
by milk_tea (2006-05-17 14:08) 

parloさんどうもでーす!
>おもちゃ箱のステージでプリマの格好をした猫がゆっくりと回る焼き物の
>オルゴールです。曲はリチャード・ロジャースの「私のお気に入り」。
>バロンのようなクールな表情の猫が孤独にターンを描く

おー。wankoさん同様、これまた素敵なオルゴールをお持ちだったんですね。
曲がMy Favorite Things ってのも夢のように美しい!
そう、オルゴールで不可欠なのは、箱が陶器とかガラスとか繊細なものである
事と、音楽の調べと共に、上で何かが移動したり回ったりしなければならない。
私のは、かまぼこ板みたいな材質の木箱だったし、箱を開けても何も飾りが
なかった!(←しつこい)
"猫が孤独にターンを描く" って表現がいいですね。基本的にオルゴールって
どこかやっぱり淋しい。数日で散りゆく桜を見上げている気分に似ています。
(うまいじゃねーか。)

>アキラくんというその近所のいじめっ子は、小学校の1年生のある日、
>突然亡くなってしまいました。
>大きな木から落ちて頭を打ったらしく、家に帰ってしばらくすると頭が痛いと
>言い出して病院に運ばれ、そのまま亡くなってしまったということでした。

えーっ似てるというか、ほとんど同じではないですか!!ビックリ。
あるんですねぇ、やはり。

>アキラくんからいじめられることもないのだという安堵感
>人間の儚さというものを思いっきり知らされ、
>「脳内出血」ということばの恐ろしいイメージ

わかるわかる。小学校低学年くらいだと、こういう諸感情がブレンドされた
ものが最も正直なところだと思います。とってもリアルです。

>そう考えると、3年生にはピンと来なかった「人の死」も5年生のミツコちゃん
>にはかなり堪えたのではないでしょうか。

堪えたのかどうかも、その後何年も付き合いがあったのに(一緒にピアノを
習ったり)ついぞヒトシの"ヒ"の字も彼女は言わなかったので、わかりません
でした。まあ、それほどまでに心の傷が深かったということだとは思いますが。

parloさんのお嬢さん5年生ですか。私もブログのどこかで書きましたけど、
5,6年生辺りで見たもの聴いたものはその人の文化面形成に相当影響する
ものだと何かに書かれてましたし私自身それは実感しています。娘さんも
色々なものを見聞きして素敵な大人の女性になってもらいたいですね~。
まあparloさんのお子さんなら心配要らないですが。
by milk_tea (2006-05-17 17:02) 

Zamoraさんこんにちは!!

>>Milk_teaさんの個人的な体験に自分の感想を書くことは控えますが、
>私もayumuさんと同じです。

触れられたくなければ、わざわざ30年前の出来事を話題にしたりしないので
全く問題ないですよ。

>同学年の女の子が死んだ。校庭に有った遊具の木製の柱が根元から
>折れて。

あーーやはり・・・ありましたか。1人くらい必ず居るんですよね・・・・。
こうしてみると、やはり何百人に1人が子供時代に不慮の死を遂げる、という
のは、統計学的に見てもひとつの自然(必然)現象なのかもしれないですね。

>「今でも、お母さんが毎朝ランドセルを出して来るんだって。」と言っていた。

この辺りは、朝読んで涙ぐみそうとかじゃなくて、実際涙が出てしまいました。
悲しすぎますね。
こういうのから想像するに、いきなり息子をビルの15階から投げ落とされた
少年のご両親や兄弟はどういう心情になるもんか、想像したくもないくらい
気の毒です。

>「ダークダックスの25cmレコード3枚」は今でも私のレコード棚にしまってある
>ソ連という国には民謡は存在していなかったような気がするが、そのレコード
>の一枚には「ロシア民謡集」と書かれている。

へ~。「ダークダックスのロシア民謡」って言うときっと 
♪カ~~・・・リン・・・カカリン・・・カカリン・・・カマヤ・・・(スローテンポから入る)
とか
♪月曜日に市場へ出かけ~糸と~麻を~買ってきた~ とか
そういうのでしょうかね。(それしか思いつかない。というかこの2つも怪しい)
ロシア人って、1週間であれだけのことしかしないんだぁ~怠惰な民族だな~
と子供の頃に思ったもんです。風呂沸かして、入るまでに2日間丸々要して
ますからね(笑)

それにしても、皆誰しも音楽から広がる懐かしい記憶とか、胸が痛くなる
思い出とかそれぞれに持っているのですね。地球上で唯一、人類だけが、
思い出を抱える生物なんだろうなー。
あ、でも、亡くなったご主人様の声がする蓄音機に耳を傾ける犬なんてのも
居たな・・・。( ̄ー ̄)
Zamoraさんの文章はあるリズムがあって読ませますね。またお願いします。
ハァハァ・・・合間を見つけてコメント沢山書きましたあ!

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by milk_tea (2006-05-17 18:04) 

MTさん、こんにちは。
今朝のめざましTVで、福山雅治の新曲が「milk tea」(全部小文字なのも
一緒ですねっ!!!)だというのを見て、MTさんのことを思い出してました~。

>(今、ほぼ30年ぶりにクシコスポストって曲名を思い出しましたが、クシコス
ポストって何のことだ?どんなポストやねん?)

おぉ~。「クシコスポスト」と言えば、「天国と地獄」と共に運動会BGMの
双璧ですよね!!!

小学校の音楽の教科書に「レコード鑑賞」のコーナーとして載っていた
イラストを思い出しました。馬車でした。
その頃、郵便を運ぶのに馬車を使っていて、その走る様子を表してたのでは
ないでしょうか?!

と、思って調べてみたところ、やっぱりそうでした。
「クシコス」とはハンガリー語で馬を意味し、当時ヨーロッパ各地で走っていた
郵便馬車の様子を描写した音楽...とのことです。
しかも、この時代の郵便馬車は超高速で駆け抜けたそうです。
理由は現金を積んでいることもあり、盗賊から逃れるためだとか...。
そのため馬車が転倒して命を落とすなど、命がけの仕事だったと思われる
なーんてことも書いてありました!
でも、馬車っていうと開拓時代のアメリカ西部ってイメージなんですよね~、私。
ヨーロッパの郵便馬車は、どんなだったんでしょう!?
by wanko(2006-05-19 17:09) 

wanko様、再びいらっしゃいませです~。

>今朝のめざましTVで、福山雅治の新曲が「milk tea」(全部小文字なのも
>一緒ですねっ!!)だというのを見てMTさんのことを思い出してました~。

きゃー!!実はそれ、私も見ました。1人静かに「おぉぉ、私だ!」と喜んで
いたのです。(別に、どこも私じゃないんだけど。)なんか、福山クンの話では
「最初は "缶コーヒー" にしようと思ってたんだけど、スタッフが "女の子は
缶コーヒーはあまり飲まない。ミルクティーのほうが好きなものだ" と言うから
そのようにした」と言うことらしいですね。アンダーバー( _ )付けてくれれば
完璧に私だったんですけどね~(笑)

>おぉ~。「クシコスポスト」と言えば、「天国と地獄」と共に運動会BGMの
>双璧ですよね!!!

確かに!徒競走の時とか、天国と地獄よりもクシコスポストのほうが多かった
気がします。あれ、ピアノでは結構簡単なんですよねー。
で・・・・クシコスポストの意味、答えていただきありがとうございました!

>「クシコス」とはハンガリー語で馬を意味し、当時ヨーロッパ各地で走って
>いた郵便馬車の様子を描写した音楽...とのことです。

へぇーへぇーへぇー(80へぇくらい)
ハンガリー語なんですか!すごーい。勉強になりましたぁ

>しかも、この時代の郵便馬車は超高速で駆け抜けたそうです。
>理由は現金を積んでいることもあり、盗賊から逃れるためだとか...。

何とぶっそうな話・・・・。でも、超高速だったんだろうなぁというのは曲調から
忍ばれますよね。相当あたふたしてますもんね(笑)

ハンガリーと言えば・・・そして、オルゴール(英語でミュージック・ボックス)と
言えば・・・・『Music Box』 という、ハンガリー国内でのユダヤ人虐殺について
追想・糾弾していくアメリカ映画があり、これは私の好きな映画10指に入り
ます。この映画はオルゴールの小箱が、最後、衝撃のクライマックスシーンに
使われ、しばらく席を立てないような衝撃を受ける作品で超オススメです。
(って、怖いほどに本文に関係なし~)
by milk_tea (2006-05-19 23:59) 

今日初めてmilk_teaさんのブログを拝見しました。
音楽の記事をいくつか読ませていただき、
深い知識とともに、愛情や思い出、分析や解説が語彙豊富に語られ
大変おもしろく引き込まれ、いくつか辿るうちに、この記事に出会いました。

ヒトシ君、今もきっと天上でお喜びだと思います。
こんな情が深く厚い方に何十年経っても大切に大切に振り返ってもらって、
今もとっても幸せな男の子だと思います。
この文章の存在を知ればヒトシ君のお母様も涙を流されることでしょう。
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人を大事に細かく思い出すことって、なんて言ったらいいか、
とても大事な、人として忘れちゃいけないことだと思います。
大人になって、自分のことで精一杯なのか人と雑な接し方をする人が多いなと残念に思うことが多く、ずっと悲しく思っていたのですが、
人をゆっくりと丁寧に思い出す方に出会えて、
じんわりと温かい気持ちになりました。
よかった、まだ素敵な人はいるんだという安堵にも似た気持ちでもいます。
子供の時に技量がなくて言葉で説明・表現できなかった複雑な気持ちを、
ゆっくり思い返して整理することって大切だなぁとも常々思っておりました。
milk_teaさんの温かい文章は、とても心に沁みました。
読ませてくださって、どうもありがとうございました。
この拙い文章で少しでもこの感謝や感激の気持ちが伝わるとよいのですが。
またブログ拝見させていただきますね。

(私も横浜産で、生まれてからずっとシウマイ市民です。
勝手に親近感を覚えております。それではまた。)
by Susie_y(2014-06-06 04:53) 

Susie_yさん、初めまして。古い記事にコメントをありがとうございます。
なんと8年前だ!8年ぶりに自分のこの記事を読んで、自分が書いた感覚が全然ないので(内容も覚えてなかったです)「この人(自分)、ヒトシ君のことよく知ってるな!」と思いながら読んでしまいました(笑)

>こんな情が深く厚い方に何十年経っても大切に大切に振り返ってもらって、

ありがとうございます。でも、そのような感じ方でこの手の文章を読むことが出来るSusie_yさんの心の在りようの方がよっぽど思慮が深く、細やかで素晴らしいと思いますよ。なんかこっちが感動しました・・・。

>ヒトシ君、今もきっと天上でお喜びだと思います。

そうだといいのですが。
彼が死んだのはもう40年前です。40年経ってもヒトシ君は2年生のまま。
ヒトシ君のお母さんはたぶん80歳近いと思います。ミツコちゃんも50過ぎてる。死んだ人だけが変わらなくて、悲しいことですね。でもヒトシ君はあと10年するかしないかの間におそらく、お母さんと天上で会えるでしょう。いつかお姉ちゃんにも。そして結婚しようと言っていた私にも。みんな老婆の姿でしょうけどね・・・。

>この文章の存在を知ればヒトシ君のお母様も涙を流されることでしょう。

どうでしょうね。分かりません。もう過去の傷に今さら触れられたくないかもしれないです。子供を亡くした母親の気持ちはどんなものなのか、想像もつきませんよね・・・。

>人を大事に細かく思い出すことって、なんて言ったらいいか、
>とても大事な、人として忘れちゃいけないことだと思います。

そうかもしれませんね。
死者というのは、生者の心の中にある間はまだ一部生きていると言える気がします。死んだその人を思い出してくれる人が全て死に絶えた時が真の意味で、地球上から消滅し、死んだということになるのかもしれません。

それにしても月の沙漠ってつくづく淋しい歌ですね。またあのオルゴールの音色を思い出してしまいました。
そして偉大な歌詞だなあ。「金の鞍には銀の瓶 銀の鞍には金の瓶 二つの瓶は それぞれに 紐で結んでありました」って、これだけで曲の2番全部なんだから、すごくありませんか。私が常に訴え続けている、コトバ表現の究極の理想形がそこにあります。

>よかった、まだ素敵な人はいるんだという安堵にも似た気持ちでもいます。
>この拙い文章で少しでもこの感謝や感激の気持ちが伝わるとよいのですが。

文章は当然ながらまったく拙くありませんし、Susie_yさんの円やかなお人柄が非常に沁みてきて、こちらが逆に感激したと共に、なんか恥ずかしくなりました。
私ももっと精進しなければ・・・・。(精進どころか退化する一方で・・・)

>(私も横浜産で、生まれてからずっとシウマイ市民です。

えーー!本当ですか。近いんですね。嬉しいです。どこかでお会いしてるかもしれませんね。横浜駅のあの西口と東口を結ぶ混雑したコンコースとかで。
優しく思いやりのある横浜市をともに作ってまいりましょう!!(おかしなまとめ。)

(シウマイ市民、って面白い言葉ですね。私も今後使います。笑)
by milk_tea (2014-06-07 23:13) 

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